2026年6月7日日曜日

思いがけない事件とその後

 2026年6月7日   聖霊降臨後第2主日 小田原教会

ホセァ5:15-6:6; ローマ4:13-25; マタイ9:9-13,18-26

江藤直純

1.

 「あなたはどうやって信仰に入ったのですか?」、これはキリスト者となっている人だけでなく、信仰あるいは宗教に縁がなかった人もまた興味をもって尋ねる質問です。自分の信仰にとくに強い自信がないキリスト者は他の人が一体どうやって信仰に入ったのか知りたいものです。信仰を持っていない人は、そもそも自分は信仰などというものは持てないのに、あの人はいったいどうして宗教、それもキリスト教などに入ることができるのか不思議に思うのです。不思議に思うだけでなく、ほんの少しだけ羨ましい気持ちもあって、「あなたはどうやって信仰に入ったのですか?」と尋ねるのです。

 福音書には何人かの人たちがイエスさまの弟子になった経緯が書いてあります。漠然と神さまの存在を信じるということではなく――それならば当時の人々はほぼ例外なくみんな神の存在は信じていたでしょうが――、のちに弟子となった人たちは、具体的にナザレのイエスという方を初めはこの方こそ信頼すべき教師として、次第に神の預言者として、さらには救い主、メシア、キリストとして、また神の子として信じるようになっていきました。その最初のきっかけが記されているのです。つまり、弟子になって、イエスさまにつき従っていく人生を歩き始めたそのきっかけが描かれているのです。

 おそらく一番有名なエピソードは、やがて十二弟子の筆頭となったシモン・ペトロの事例でしょう。ルカ5章にはガリラヤ湖畔で網を洗っていたときに「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」とイエスさまに命じられ、おそらく渋々だったことだろうと思われますが、そのとおりにしてみたら、なんと網が破れそうなくらいの大漁の奇跡を目の当たりにします。そのあとイエスさまが「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる」と言われて、シモンも仲間のヤコブとヨハネも「舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った」(ルカ5:1-11)のでした。

 洗礼者ヨハネの「見よ、神の小羊だ」という言葉に触発されて二人の弟子がイエスさまに従いました。イエスさまからの語りかけを受けて一晩寝食を共にしながら教えを聞き、その内の一人のアンデレが自分の兄弟のシモン・ペトロをイエスさまのもとに連れて行きました。その時イエスさまはこれからは「あなたをケファ―岩、ペトロ―と呼ぶ」と言われました。きっと他にもたくさん話しをなさったことでしょうが、聖書はただ一言、二人の関係を端的に表わす新しい名前を付けられたエピソードだけを記しています(ヨハ1:35

-42)。さらにはフィリポとナタナエルが弟子にされた顛末も述べています(1:43-51)。

 これらの出来事の記述には共通点があります。一つは、彼らの出会いと弟子になった経緯でイニシアティブを取っているのはほかならないイエスさまのほうだということです。教会には「求道者(きゅうどうしゃ)」という特徴的な言葉があります。仏教で言えば「求道者(ぐどうしゃ)」です。宗教的な真理を探究し、神仏に至る道を真剣に探し求める人が求道者です。十二弟子になるくらいだからさぞや彼らは熱心な、真摯な求道者だったことだろうと想像しますが、実は福音書は彼らの求道の様子にはほとんど関心を示しません。ですからそこは何も書いてなく、ただイエスさまのイニシアティブ、語りかけ、招き、命令と彼らがそれに従ったという結論だけが書いてあるのです。これが最大の特徴です。

もう一つの特徴と言えば、招く側のイエスさまが語った非常に印象的な言葉が記されていることです。ルカ福音書ではガリラヤ湖で魚をとる漁師だったシモン・ペトロに向かって、「今から後、あなたは人間をとる漁師になる」と言われました。この言葉を聞いた人は決して忘れることはなかったでしょう。ヨハネ福音書では「あなたはケファと呼ぶことにする」と言われました。初代教会の中で弟子たちがイエスさまに招かれ召されたときの思い出が語り継がれた中では、これらの印象的な言葉も併せて伝承されていきました。

2.

 それでは今日の福音書の日課のマタイという人が弟子の一人にされたときはどうだったでしょうか。二つの特徴はここでもいかんなく発揮されています。日課の冒頭を読むと、「イエスはそこをたち、通りがかりに、マタイという人が収税所に座っているのを見かけて、『わたしに従いなさい』と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った」(9:9)とあります。マタイ(マルコ福音書とルカ福音書では「アルファイの子レビ」)がイエスさまの噂を聞き、関心を持っていたとか、彼の説く愛の福音に深く興味を抱いていたとか、実は悩みを抱えていたとか、もともと求道心が篤かったなどとは何も記されていません。ルカ19章に記されている徴税人のザアカイの場合は、「イエスがどんな人か見ようとした」とか先回りして「いちじく桑の木に登った」などと彼のイエスさまへの興味関心があったことが読者に想像できるのですが、マタイの場合は彼の側にどんな興味関心があったのかまったく分かりません。彼のことを求道者だったと呼ぶ材料がないのです。イエスさまの一方的な招きだけが書かれているだけです。きっと彼の心の奥深くには何らかの求めがあったことでしょうが、肝腎なことはイエスさまがマタイを「わたしに従いなさい」と一方的に、そして決定的に招かれたということです。ポイントはそこだけなのです。

 もう一つの特徴があります。それは、そこに居合わせた人々に、またこの伝承を聞いた人々に強い印象を残したイエスさまの言葉です。マタイが徴税人仲間や世に罪人と呼ばれては貶まれている人々を自宅へ招いてイエスさまと食事を共にしていたときのことでした。それを見たファリサイ派の人々に鋭く非難されたときにおっしゃった言葉が三つの福音書すべてに記録されているのです。よほど皆の印象に深く残ったに違いありません。

こう言われたのです。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。・・・わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」(マタ9:12-13)と。丈夫な人と病人、正しい人と罪人、この鮮やかな対比とともに、イエスという方が遣わされた目的、使命というものがくっきりと描き出されています。

3.

 それにしても、たった一言「わたしに従いなさい」と言われて、マタイが「従った」と書かれているその意味は単純ではありません。手荷物が重いからあそこの角までついてきて手伝ってくださいなどといった軽い話しではありません。ルカ5章でシモン・ペトロとゼベダイの子のヤコブとヨハネが「わたしに従いなさい」と言われたときの反応はチョットそこまで付いていきますなどと言うことではありませんでした。「そこで、彼らは舟を陸に引き上げ」、つまり商売道具を放り出して、「すべてを捨てて」、つまり転職したなどという安易な話しではなく、生活の基盤も人生の目的も日常的な家族や友人関係もすべてを擲って、そうです、生きる道を根本から変えて、「イエスに従った」(ルカ5:11)というのです。マタイもこの一言で、収税所の長、特権のある徴税人という職も身分も財産も後にして、イエスさまに従ったのです。これは一大事だったのです。

 「収税所」については、「ヘロデ・アンティパスの支配するガリラヤと、フィリッポスの支配するトランス・ヨルダンの境界にあった通行税などの徴収所のこと」らしいです。「カファルナウムの北東数キロメートルの湖岸近くにあったはず」と研究者は特定しています。「徴税人」とは今の税務署の署員とは全く違います。「ローマ属州ユダヤ・サマリア内ではローマの、ガリラヤ内では領主ヘロデ・アンティパスの、主に通行税、市場税等といった間接税を徴収したユダヤ人の徴税請負人のこと。徴税額を偽って私腹を肥やすのが常であり、また直接的・間接的に異邦人のローマに仕えていたために、民衆からは罪人として激しく憎まれ、社会的差別の対象であった」(岩波版『新約聖書』)のです。

 そこから浮かび上がってくるマタイという人の人物像は、ローマ帝国という絶大な権力を後ろ盾にしているので誰も抗えない、その地位を悪用して同胞から税を多めに取り立てながら、それでもって私腹を肥やしている、したがって財力はある、裕福である、しかし、それゆえにユダヤ人からは恨まれ憎まれ嫌われていた、律法を守らないので罪人として宗教的には共同体から排除され、社会的には差別されていたというものでした。福音書の中ではいつも「徴税人や罪人」という言い方で一括りにされひどく貶まれていました。

 こういう人間はどういう感情を持ちながら、生きていたでしょうか。富と力を併せ持っていたから幸福で満足していたでしょうか。財布と胃袋はいっぱいになっていたでしょうが、心の中はどうだったでしょうか。同業者以外に親しい仲間はなく、心を開いて語り合う友もなく、恐れられることはあっても親しまれたり信頼されたりする関係の人は一人もいなかったならば、また神殿や会堂での宗教的集まりに加わるのを拒まれていたならば、日々喜びをもって生きていくことはできなかったでしょう。身体的には健康であったとしても、精神的に不健康あるいは病んでいると言わないではいられない状態だったでしょう。富や力を持っていたのでしょうが、正しい人と見做されることはなかったでしょう。むしろ、神の前で罪人だと大多数の人々に思われていたのです。

マタイがそういう人であるということをイエスさまがどのようにしてお知りになったのか、人々の噂や評判を耳にしてそう推測なさったのか、あるいは自ら歩み寄りじかに話しかけてマタイの人となりを、自分自身でさえも意識していない、心の奥深くの悩み苦しみをも察知なさったからなのでしょうか、これは想像するしかありません。しかし、彼が病人であり罪人であることをズバリ見抜き、そういう彼をあたたかく受け容れたイエスさまは躊躇わずにこうおっしゃいました、「わたしに従いなさい」と。そこに込められているのは、今の生活から抜け出しなさい、これまでの生き方を離れて、私の示す道を歩きなさい、私と共に生きなさい、私に従い私の弟子になりなさい、あなたの人生には私が責任を持つと断固として言い切られたのです。誰からも一度も言われたことのない愛の言葉、愛の宣言でした。

どんなに驚いたことでしょう。そしてどんなに喜んだことでしょう。その表れとしてマタイはイエスさまを自宅に招き、その席に自分と同じような境遇に置かれている他の徴税人や罪人と呼ばれている人たちをも招いて一緒に食事をしたのです。ファリサイ派の人々からは非難されましたが、イエスさまはもののみごとに守ってくださいました。

4.

実は来週の福音書の日課には、主が12人を弟子として選ばれた記事が書いてあります。ペトロを筆頭にイスカリオテのユダまでの12人です。マルコにもルカにも同じように記されています。マタイの10章1節以下を開いてみてください。8番目にマタイの名前がでてきます。皆さんは他の11人と違う点がマタイにだけあることに気づかれていますか。兄弟とか親子の関係が記されている人たちもあれば、名前が同じシモンという場合のときには一人はペトロと呼ばれるシモンと書き、もう一人には熱心党のシモンと書かれています。ユダにだけはイエスを裏切ったと書いてあります。

では、マタイには?そうです、彼にだけは弟子になる以前の正体が分かるようにわざわざ「徴税人のマタイ」と書いてあるではありませんか。ペトロたちには漁師だったなどとは書いてなく、マタイ以外は誰にも前の職業は書いてありません。漁師ならともかく、マタイの場合は「徴税人」です。いわば不名誉な過去を敢えて公にする必要はないではありませんか。注解書や解説書を紐解いてもその理由に言及してあるものは見つかりません。そもそも新約学者たちはマタイ福音書の著者は「無名の人物」とし、十二弟子の一人のマタイだとは特定していませんが、教会は随分昔から伝統的にそう呼び習わしてきました。

でも、私は個人的にはマタイ福音書はあのマタイが書き著わしたと思いたいのです。あのマタイがごくささやかな形で、しかし万感の思いを込めて「マタイオス・ホ・テロウネイス」徴税人のマタイと書いたと、わざわざ「ホ・テロウネイス」徴税人と書き加えたと想像したいのです。何故、何のために。それはみんなに貶まれるような存在だったこの自分がイエスさまから「従いなさい」と招かれたお陰で、徴税人の生き方から抜け出し、弟子の端くれに加えていただいたこと、信仰と希望と愛を持って新しい生き方に踏み出すことができたこと、今の人生はすべてイエスさまからいただいた恵みの賜物であることを書き留めたかったからです。そうです、「ホ・テロウネイス」とたった二言書き加えることで、「徴税人のマタイ」と書くことでイエスさまの愛への感謝の表明をしたかったのです。私にとっての「ホ・テロウネイス」にあたる言葉を見つけ、書き留めましょう。アーメン

2026年4月5日日曜日

人間の代表と神の代表

 2026.4.5.「主の復活」主日                       小田原教会

使徒10:34-43; コロサイ3:1-4; ヨハネ20:1-18

江藤直純

1.

 マグダラのマリアは人間の一員です。いえ、それ以上に「人間の代表」です。美貌で魅力的で、芯が強く、感性が非常に豊かで、行動力に富んでいた、そんな想像を抱かせるような女性だったのではないかと諸々の伝説や物語から思われてなりません。しかし、そういう人間だったにもかかわらず、あるいはそうだったからかもしれませんが、健常な面だけでなく心身の病いも併せ持ち、思うようにならないことが人生でいくつも起こります。しかも彼女の場合、プラス面だけでなくその負の要素も並外れて強く、その結果幸福と同時に不幸も、幸運と同時に悲劇も味わってしまいます。順調な人間関係だけでなく不安定でときに憎悪の感情にもとらわれて人間関係の破綻も経験します。その感情や行動は穏やかさよりも激しさが優って人に嫌われ、非難され、社会的な立場を失うこともありました。

これは私の推測にすぎません。しかし、彼女を捉えてやまない何らかの「強い力」が働いていたことは疑えません。生まれ持った善い性格を遥かに上回る力が人を支配することは人間なら誰にでもあるのです。一人の人には一つや二つのマイナスに作用する、外からの「見えない力」が働きかけます。苦しめます。そうやってその人の人生を狂わせます。昔の人たちはそのような人間を超えた力を「悪霊」と呼び、そのような働きかけをなしその人の人格と人生とを支配をする存在を「悪魔」と呼び、体や心の病になったり障がいを負っていれば「悪霊に憑りつかれた」とか「悪魔のせいだ」と言って怖じ恐れました。聖書にはそのように周囲から扱われた男女の例がいくつもドラマチックに記されています。

マグダラのマリアは一つどころか二つどころかなんと「七つの悪霊」(ルカ8:2)に捕らわれていたと言われていました。そのような生活、そんな人生、そのような苦しみは想像を遙かに絶します。だから、私は彼女のことを並の人間の一人としてではなく、「人間の代表」だと言いたいのです。波瀾万丈の生活であり時に七転八倒する苦しみを味わっていましたが、しかし、この上なく幸いなことにルカやマルコ福音書は彼女について「七つの悪霊を追い出していただいた」(8:2)と証言しています。誰によってか、それは言うまでもありません。ナザレのイエスと呼ばれていた方によってです。その方によって癒され救われたのでした。おかげで彼女は人間性を取り戻し、健康も人格も人生もすっかり変わったのでした。ですからひどい経験をしたという意味でも「人間の代表」だったし、健やかになったという良い意味でも「人間の代表」になったと言いたいのです。

しかし、再確認したいのですが、彼女が良い意味の「人間の代表」になれた理由、それはただ一つです。その理由とは言うまでもなく、イエスさまが彼女と出会い、彼女の心と体の苦しみを受け止め、受け容れ、それらを癒し、赦し、救ってくださったからでした。「七つの悪霊を追い出してくださった」そのやり方は聖書にはいっさい記されていませんが、間違いなくイエスさまが「神の代表」として癒し、赦し、救ってくださったのです。そこから生まれ変わった彼女のイエスさまにお仕えする日々が始まりました。当然苦労は多々あったでしょうが、生きがいに満ち溢れた生活だったに違いありません。喜びに満たされ、張りのある毎日だったでしょう。イエスさまが一緒にいてくださっているから、今の新しい私があると日々感謝していたことでしょう。

2.

しかし、何ということでしょう。とんでもないことが起こりました。つい一週間前、イエスさまがロバに跨ってエルサレム入城をなさるのを棕櫚の葉を打ち振り歓呼して迎えた群衆は、宗教指導者たちの巧妙な煽動によって、「捕まえろ、裁判に掛けろ、祭りの慣例の恩赦はイエスではなくバラバに与えろ」と叫びまくりました。ついに処刑が決定したら、ゴルゴタの丘まで十字架を背負って歩かされている途中も、残酷にも十字架に架けられてからも人々は声のかぎりにその人を罵倒し、苦しみの極みにある人の肉体と精神の苦しみをいや増しました。その人は金曜日の午後3時頃、太陽が光を失ったときに、「わたしの霊を御手にゆだねます」(ルカ23:46)と叫んで、絶命されたのです。

必死の思いで一部始終を見届けたマリアですが、見届けながらも万が一、万万が一にでも奇跡が起こって、その方が十字架から飛び降り、取り囲む兵士や遠巻きにしている群衆たちを尻目に悠然と刑場を去っていけばいいのにと祈っていたでしょう。もしも奇跡が起きなければ、自分はもはや生きてはいけない。せっかく七つの悪霊の支配から解放され、全身全霊は癒され、全存在は救われ、新たな命を生き始めたのに、ここであの方が、「神の代表」であるナザレのイエスという方が亡くなったら、万事休すなのです。彼女はひたすら祈りました。しかし、無慈悲にも奇跡は起こりませんでした。主は亡くなりました。

日が暮れたら安息日が始まり、何もできなくなるので、大急ぎで遺体は墓に葬られました。崖っぷちをくり抜いて作ってあった新しい墓の中に遺体を納めた後、巨大な岩石を大勢の男たちが転がしてきて、墓の入口を塞ぎました。もはや1ミリたりとも動きません。大きく冷たい岩はこちら側とあちら側、光の世界と闇の世界、生の領域と死の領域とを截然と隔てたのです。埋葬を見届けたマリアは最後の微かな希望もまったき絶望に変えられました。「神の代表」によって自分にもたらされたあの生きる喜び、生きる望み、生きる力はすべてなくなったのです。再び悪霊の支配の下に戻されるのです。

金曜日の日没まで、そして日没から土曜日の日没までの安息日の間、さらに土曜日の日没から日曜日の夜明けまで悲しみと絶望に打ちひしがれたマグダラのマリアでした。もうどうしようもないのです。それにも拘わらず、彼女は墓に行かないではいられませんでした。行ったところで何も変えられないのです。大きな岩は動かせるはずもありません。中に横たえられているあの方はもう死んで三日目になっています。しかし、それでもなお近づかないではいられなかったのです。それが人間です。マリアは仲間の女性と手を取り合って、「週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに」(ヨハ20:1)墓に行きました。そこで、思いもかけない出来事に遭遇したのです。

3.

 先ず目にしたこと、それは墓の入り口を塞いでいた大きな岩は「取りのけてあっ」(20:1)たのです。どれ程驚いたことでしょう。一大事も一大事です。弟子たちの中心人物、シモン・ペトロのもとへ、そしてイエスさまが愛しておられた弟子ヨハネのもとに走って行って、異変を告げました。二人もまた吃驚仰天!とにかく墓に駆けつけ、中をのぞき、入って確かめました。遺体は跡形もなく、体を覆っていた亜麻布と頭を包んであった小さな布だけが残っていました。遺体がなくなっていることだけは事実です。認めざるを得ませんでしたが、三度も聞かされていた復活のことにはまったく思いも及びませんでした。ただただ驚き、気落ちし、混乱状態で引き上げていきました。

 しょぼしょぼと帰って行く二人の男の弟子たちの姿も確かに人間の一面でしょう。しかし、マグダラのマリアは再び墓にやってきました。どうしても来ないではいられなかったのです。それが彼女が「人間の代表」である所以です。絶望のさなか、私にとっての「神の代表」が死んでしまい、それどころかその遺体まで失われてしまったのですが、それでも「神の代表」に近づきたかったのです。自分ではどうしようもない状況では、それ以外にできることはなかったのです。そして、最初に墓に来たときに経験した驚きよりももっともっと大きな驚くべきことを経験したのです。

 泣いていたら墓穴の中に二人の天使がいて「なぜ泣いているのか」と尋ね、彼女がふと後ろを振り返ると人が立っているのです。しかし、悲しみに打ちひしがれているマリアはその人の姿形を見ても、話しかけてくる声を聞いても、それが自分にとっての掛け替えのない「神の代表」であるあの方だとは気づきませんでした。無理もありません。しかし、その人があの優しい声で「マリア」と呼びかけてくださったその瞬間にハッと気が付いたのです。思わず「ラボニ(先生)」と呼び、すがりついたのです。分かったのです、あの方だ、私の救い主であるイエスさまだと一瞬で分かったのです。どれほど嬉しかったことでしょう。彼女にとってはこれで十分でした。今はまだすがりついてはいけないと言われた後、イエスさまに「わたしの兄弟たち」(20:17)のところに行き、ご自分は父なる神の御許に上ることになっていると伝えなさいと命じられて、彼女はそれをただちに実行しました。息せき切って弟子たちのもとに着いた彼女は言いました。「わたしは主を見ました」(20:18)と。死んでしまった主ではなく、生きている主を見たと言ったのです。

 そう告げられた弟子たちは歓喜の叫び声をあげ、大喜びしたとは書いてありません。二人は空虚な墓を見、せっかくマリアが知らせてくれたのに信じることガできず、その日の夕方にイエスさまが現われてくださるまで、困惑と不安と悲しみで家に鍵をかけて閉じ籠もっていたのです。でも、マリアはそうではありませんでした。彼女は生きているイエスさまにお会いしたのです。奇跡的に生きているイエスさまと対面し、弟子たちに告げ知らせた後、どこで何をしていたのか一言も書かれていません。しかし、彼女が一人で、あるいは仲間の女性たちと一緒に、語り合い、祈り合い、考え、思い起こし、分かりました。

4.

 空虚な墓の前で聴いたあの「マリア」という呼び掛けは、彼女が「七つの悪霊」に支配されて苦しんでいた中で初めて会ったときに語りかけられた言葉でした。暖かく深みのあるこの一言は単なる名前を呼んだだけではありませんでした。あなたの苦しみや悲しみはすべて無条件で受け止めたよとの思いが込められていました。受け止めただけでなく、全面的に受け容れ、彼女の痛みと悲しみを癒してくださいました。愛と赦しと救いを与えてくださり、新しい生活へと踏み出させてくださいました。彼女を支配していた悪霊から解放してくださったのです。彼女にとってナザレのイエスこそ「神の代表」でした。

 その方がなぜあのようなむごたらしい悲惨な死を死ななければならなかったのか、そのことを何度も何度も考えているうちに、弟子たちに話された3回の予告を思い出したのです。ペトロをはじめ誰も受け容れることも理解することもできなかったイエスさまの予告はこうでした。「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活する」(マコ8:31)。復活するのですが、その前に「必ず多くの苦しみを受け」るのです。その頂点が十字架の死でした。その「三日の後に復活する」と言われたのです。

 「七つの悪霊」に支配されていた彼女を解放できたのはナザレのイエスが「神の代表」だったからです。復活するのも「神の代表」であるからに違いありません。でも、分からないのです、なぜその「神の代表」があのような悲惨な十字架の死を死ななければならなかったのかが。そこをマリアは必死で考えたのです。そしてついにイエスさまのこれまでの言葉と今朝墓で聴いた言葉から、思いがけなくも大切なことに気づいたのです。

あの十字架こそは、マグダラのマリアが背負っていた苦しみや悲しみ、痛み、あるいは罪の極致、集大成ではないかということを。マリアだけでなく、共に処刑されたあの犯罪人の罪も、愚かにも熱狂して無実の愛の人を死に追いやった群衆の罪も、宗教指導者たちの妬み嫉み、憎しみの罪も、刑場から逃げ出した弟子たちの弱さも、それらすべてをまとめたものなのではないかと気づいたのです。それらの苦しみも悲しみも、弱さも罪も全部を一身に引き受けたのですから、ナザレのイエスこそまさに「人間の代表」なのです。人間を愛してやまない「神の代表」だからマリアの、弟子たちの、人間全体の「代表」、本当の「人間の代表」となり、それゆえに癒しも赦しも救いも与えることができたのです。

自分を裏切り逃げ出す罪や弱さをもつ弟子たちを「わたしの兄弟たち」(20:17)と呼ばれました。ここに「人間の代表」であるイエスさまの真実の愛が表われています。神さまはその方を死んだままにはなさいません。復活させないではおられません。復活させ、新しい永遠の命を与えられます。そうやって、イエスさまを真実の「神の代表」になさったのです。私たちも含め、そのイエスさまの愛と赦しを受け、信じて救いに与る者たちもまたそれぞれは一人の「人間の代表」とされ、「神の代表」に加えていただくのです。聖書が証しする人類史上最大の出来事、救済のためになされた神さまの最高の出来事、私たちにも約束されている恵みの出来事、それがイースターです。だから祝い、感謝するのです。イースター、おめでとうございます。イースター、ありがとうありがとうございます。