2024年7月7日日曜日

何もないからこそ

聖霊降臨後第七主日                

2024年7月7日 小田原教会 江藤直純牧師

エゼキエル2:1-5; Ⅱコリント12:2-10; マルコ6:1-13


私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。


1.

 「人の子よ、自分の足で立て」(エゼ2:1)。なんという力強く鋭い命令でしょうか。断固とした口調です。しかも、最初から慰めとか赦しという優しく柔らかい言葉ではなく、「立て」、それだけではなく「自分の足で立て」です。有無を言わせぬ響きで命じられています。「人の子よ、自分の足で立て。私はあなたに命じる」と。神の顕現が祭司ブジの子エゼキエルに現れたのでした。今朝の旧約の日課です。

 時は紀元前6世紀、今から2600年ほど昔のこと。所は当時の超大国バビロニア帝国の首都バビロン。紀元前597年、586年、582年の三度にわたるネブカドネツァル王による攻撃でエルサレムは陥落し、ユダヤの指導者も有力有益な市民も多数がバビロンに強制的に移住させられ捕囚とされた時のことです。

 その三十年目の四月五日、ケバル川の河畔で起こったこと、それがエゼキエルへの神の顕現であり、預言者への召命でした。祖国から遠く離れた外国でのことです。しかも圧政の下に置かれている状況の中で神の言葉を語れとの預言者への召命です。これがどれほど引き受けるのに困難な使命であるかは想像に難くありません。その彼に向かって神が容赦なく語り掛けられたのが「人の子よ、自分の足で立て」でした。客観的に見て、軍事的、政治的、宗教的に見て、まるで無茶な要求だと思えます。神の言葉を聴き取る能力も、それを同胞に語る勇気も持ち合わせていないとしたら、エゼキエルが恐れおののいたとしても、戸惑い逃げ出そうとしたとしても、全くおかしくはありません。この出来事が私に起こったとしたら震えあがってしまうことでしょう。

 しかし、エゼキエルは、召しを受けて、立ち上がりました。バビロン捕囚という歴史的な困難な事態の中で、彼はその日を境に自分の足で立ち上がり、同胞に向かって神の言葉を取り次ぎ続けたのです。その語った神の言葉の内容は何だったか、同胞の反応はどうだったか、それらについては日を改めて学びましょう。今日皆さんにお話ししたいこと、考えていただきたいことは、エゼキエルはこういう状況の中で一体どうして自分の足で立ち上がったのかということです。なぜそれは可能だったのでしょうか。どう思われますか。

 エゼキエル書の記者も当然そういう疑問を持ったことでしょう。だからこそ、2章2節にはエゼキエルの言葉をこう書き記しているのです。「彼がわたしに語り始めたとき、霊がわたしの中に入り、わたしを自分の足で立たせた」と。そうなのです、エゼキエルは自分でも驚いたことでしょうが、なんと自分の足で立ったのです。そういう行為は自分の力でできたのではないことを彼は知っていたのです。そうさせたのは自分の力ではなく、神の霊だと分かったのです。だから、「霊がわたしの中に入り、わたしを自分の足で立たせた」(2:2)と言わないではいられなかったのです。だから彼は、預言者の働きをしている間ずっとこう自覚していました、語っている言葉は自分の考えや願望なのではなくて、神から託された言葉なのだということを。そこが真の預言者と偽預言者の違いなのです。

2.

 旧約の代表的な預言者の一人がエゼキエルならば、新約の最大の使徒はパウロです。私はよく彼のことを新約聖書の中の最大の伝道者で最大の牧会者で最大の神学者だと呼びますが、けっして誇張ではないと思います。あれほどの働きをしたパウロですが、十二弟子に入っていなかったし、かつては教会の迫害者だったし、人がどれほど褒めようと自分の弱さ、また罪深さを知っていましたから、彼はうぬぼれることはありませんでした。

 今日の使徒書の日課には、彼の心の底からの告白が記されています。「しかし、自分自身については、弱さ以外には誇るつもりはありません」(Ⅱコリ12:5)と。その弱さとは普通考えるような精神的、心理的な弱さのことではありません。文字通り、肉体的な弱さ、悲鳴を挙げたくなるような、苦しみを伴った弱さなのです。パウロには今日の医学的な知見はなかったにせよ、分かりやすく症状を描写するなりしてくれたら、もう少し手掛かりになるでしょうが、それは敢えて書いてはいません。それでも彼の表現はその身体的な痛み、苦しみ、つまりは弱さが並大抵のものではなかったことを十分に推察させます。てんかんだったのではないかとの言い伝えもあります。

 手紙の文をそのまま引用しましょう。「それで、・・わたしの身に、一つのとげが与えられました」、「それは、思い上がらないように、わたしを痛めつけるために、サタンから送られた使いです」(12:7)。それだけでなく、その痛み、苦しみ、弱さが耐えがたいほどだったから、パウロは「この使いについて、離れ去らせてくださるように、わたしは三度主に願いました」(12:9)。大の男が、宗教的巨人とも言える強い人間が、神さまに三度も祈り願ったと言うのです。のたうち回らんばかりの痛み、泣きたいほどの苦しみだったことでしょう。彼には肝腎の健康がなかったのです。それが自分の弱さでした。

 そのさなかにパウロは主イエスの声を聴いたのでした。「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」(12:9)。思いがけない言葉でした。しかし、パウロは主イエスの言葉の秘儀を受け止めることができました。だからこう言ったのです、「だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう」(12:9)と。さらに続けます、「それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです」(12:10)と。

 「わたしは弱いときにこそ強い」、驚くべき言葉です。しかし、これは負け惜しみではありません。パウロにとっては真実だったのです。「わたしは弱いときにこそ強い」、「私にはないからこそある」。私は弱いのです、しかし、キリストの故にこそ強いのです。私には誇るべきものはないのです。しかし、キリストがいらっしゃるので私には誇るものがあるのです。これが、彼がキリスト者として、伝道者として生きていた中で確信するにいたった真実だったのでした。

エゼキエルしかり、パウロしかりです。自分の無力さを知ったときに、自分の中に霊が入って私を強め、神の働きをさせてくださるのです。自分の弱さに打ちひしがれていたときに、キリストの力が自分の内に宿り、キリストの力に生かされ、強められ、福音を証しさせてくださるのです。これこそがエゼキエルが、パウロが、そして有名無名の信仰の先人たちが身をもって経験したことでした。

3.

 マルコ6章の1-13節はイエス様が故郷ナザレで受け入れられなかったことと、十二人の弟子たちを宣教に派遣なさったときのことが描かれています。故郷に錦を飾るどころか、子供の時から自分のことをよく知っている人たち、日常生活も家族関係もなにもかも知っている人たちにとっては主イエスの語る教えも、目の前でなされる癒しの業も簡単には受け容れ信じることはできませんでした。先生であるイエス様がそうだったのですから、ましてその弟子たちが何やらイエス様を真似して語ろうとしても癒しの業をしようとしても、町の人や村の人達がそうたやすく信じることはできないとしても、ありそうなことだと思われます。

 そういうことを重々承知の上だったでしょうか、主イエスはあるとき十二弟子を宣教に派遣なさいます。彼らはどう思ったでしょうか。しかも、出発に当たって主は思いがけないことをおっしゃいました。「旅には杖一本のほか何も持たず、パンも、袋も、また帯の中に金も持たず、ただ履物は履くように、また下着は二枚着てはならない」(6:8-9)と。下着というのはシャツやパンツのことではなく、上着の下に着るワンピースの長い服のことです。要は杖と今着ている服と履物だけで行け、その他の食料やお金は持って行くなというのです。

 知り合いがたくさんいてその好意に甘えることができるならいざ知らず、初めて訪ねる村々に行くのに言わば手ぶらで行けと言われるのです。行った先で食べるパンも泊まるための宿賃も持っていなくて一体全体どうしろというのでしょうか。彼らが人々の魂を揺さぶるような感動的な話をできて、また病気や障害を持った人を鮮やかに癒してあげて、おおいに喜ばれ感謝されて、お礼に食事をもてなされたり、宿を提供されたり、おまけに新しい服を差し出されたり、献金をもらうことが確実に期待できるのならば、心配など無用でしょう。しかし、それは保証されていることではないのです。イエス様ご自身も「あなたがたを迎え入れず、あなたがたに耳を傾けようとしない所があったら」(6:11)と言われたように、弟子たちが拒絶されることはおおいに予想されることなのです。

 弟子たちは派遣の命令を受けてビビらなかったでしょうか。しかも素手で行けと言われて、そんな無茶な、俺達にはまだ無理だよと言って怯えなかったでしょうか。きっとビビったでしょう。不安にもなったでしょう。自分の中に頼りにできるものはないと分かっていました。しかし、そうだからこそ、怯え不安になったときに、彼らは真に頼りにするべきものに気づいたのです。誰を頼りにすべきかが見えたのです。ないことが分かったときに、あるものが分かるのです。その方の力に縋るようになるのです。その時に「汚れた霊に対する霊の権能」(6:7)の必要性が分かり、感謝して受け容れたのです。その結果、驚くべきことに、人間的に言えばまだまだ未熟で頼りなかった十二弟子でも知らない村で「悔い改めさせる宣教」ができ、「多くの悪霊を追い出し、油を塗って多くの病人をいや」(6:12-13)すことができたのでした。

 神学校の時の同級生で他教派出身の神学生から面白い話を聞きました。彼の教派の神学校では夏期伝道の実習があるのですが、ルーテルのようにどこかの教会に行って、説教をしたり聖書研究会で発表したりするのとは違っていました。彼の場合北海道までの片道の旅費をもらい、文書伝道用のパンフレットや本をたくさん持たせられて、それを知らない人々に買ってもらうのです。それが伝道だったのです。そしてそれらが売れたらその代金で帰って来いというやり方です。すごいですね。常識的に考えれば、そんな無茶なと思うでしょう。彼もそう思ったそうです。でも、自分の中にはそんなことはぜったい無理としか思えなかったときに、それを支え導くお方を信頼することが初めてできたのです。自分の中に何もないと知ったときに、あるようになったのでした。ご推察の通り、彼は北海道から無事戻ってきました。そしてさらなる勉学を求めてルーテルに来たのでした。忘れられないエピソードです。

4.

 私たちは自分の持っているもので日々を送っています。健康だったり、家族や友人だったり、なにがしかの能力だったり、仕事だったり、お金だったり、いろいろなものがあるので、人生を送っています。しかし、それらのもので絶対的に確かで、いつまでもなくならないものはこの世にはないのです。健康だった人が思いがけなく大病になったり大怪我をしたりすることもあります。私の友人でずっと寝たきりになっている人が数人います。

 先月亡くなった草花の絵を描き詩を添えてきたクリスチャンの星野富弘さんも健康の塊のような体育の教師だった人でしたが、事故で首から下の自由を全く失ったのでした。愛する家族、パートナーや子どもを失った経験をした人もいます。寛ぎと団欒の巣である我が家が一瞬の地震で見るも無惨に崩れてしまうこともあります。大事な使命を託されてもそれを果たす力がないことに気づくこともあります。エゼキエルもパウロも十二弟子もみなそれを骨身に沁みるほど味わったのです。

 そういう時に、自分の中に自分を支えるものが何もないと知ったときに、自分の外からそれを注いでくださるお方にようやく気づくのです。その恵み、その賜物に初めて気づくのです。そのおかげで新しい務めに取り組めるのです。新しい生き方ができるようになるのです。苦しさではなく楽しさを、悲しみではなく喜びを味わうのです。星野さんは体育の教師の職は失いました。自由に動かせる手足はなくしました。しかし、新たに霊の息吹を吹き込まれて、口に絵筆をくわえては草花の絵を描き、その草花を通して見えてくる神の恵みの世界を人々に伝え続けました。数知れぬ多くの人々に四十年余りに亘っていのちの喜びを証し続けたのでした。

 エゼキエルは歴史的な困難の最中に「自分の足で立って」託された神の言葉を語り続けることができました。神の霊を内に入れられたからでした。パウロはいやというほどの弱さと痛み、苦しみの中で「わたしの恵みはあなたに十分である」と語ってくださる主の言葉をアーメンと言って受け入れる体験をしたのです。だから「わたしは弱いときにこそ強い」と何のためらいもなく告白できたのです。彼は真の意味で弱さの伝道者でした。

 十二弟子は皆、いみじくも人々が言ったように、「無学な普通の人」(使徒4:13)でしたが、だれもが死ぬまでキリストの恵みの証人として、福音を宣べ伝え、癒しの業、奉仕の働きをしました。出会う人一人ひとりに何を与えたのでしょうか。ペトロは施しを乞う人に言いました、「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」(使徒3:6)と。そうです、キリストにある新しい命を与えたのでした。

 自分の中になにもないことは嘆くことではありません。ないからこそ、あるものが見えるのです。自分のものがないからこそ、キリストのものが与えられ、それに満たされるのです。エゼキエルもパウロも十二弟子もそうでした。きっと私たちもそうなのです。

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。アーメン

2024年6月2日日曜日

誰への愛か 江藤直純牧師

 2024年6月2日  聖霊降臨後第2主日 小田原教会

申命記 5:12-15;

コリントの信徒への手紙二 4:5-12

マルコによる福音書 2:23-3:6

私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。

1.

 この人の言うとおりにしたい、この人が願うとおりの人間でありたい――私たちがそう思うときはどんなときでしょうか。どういう方と出会ったときでしょうか。それは、その方のことが心底好きで、愛しているとき、あるいは心から尊び敬まっているとき、揺るぎない信頼を抱いているとき、またその方に従って行くこと、その方に仕えることこそが喜びであり生き甲斐であると感じるとき・・。そういう方と出会い、向き合い、その方の思いに適った生き方をしたいと思えるならば本当に幸いなことです。深く愛する人、尊敬してやまない人、とことん信頼する人、ももちろんそうですが、最も強くそう思えるお方は神さまですね。私を愛し、命を与え、贖い取ってくださった神さまですから、その御心というものに適うようにして日々を過ごしたい、生涯を全うしたいと思います。

 では、その神さまの御心というものはいったいどうやって知ることができるのでしょうか。イスラエルの人々はそれを最初はモーセに与えられた十戒を通して、のちにそれと共にさまざまな律法を通して神の御心を知らされていったのでした。今朝の旧約の日課は申命記5章の12節からですが、1節から5節を読むと、十戒が与えられたときの状況がよく分かります。こう記されています。

 「モーセは、全イスラエルを呼び集めて言った。イスラエルよ、聞け。今日、わたしは掟と法を語り聞かせる。あなたたちはこれを学び、忠実に守りなさい。我々の神、主は、ホレブで我々と契約を結ばれた。主はこの契約を我々の先祖と結ばれたのではなく、今ここに生きている我々すべてと結ばれた。主は、山で、火の中からあなたたちと顔と顔を合わせて語られた。わたしはそのとき、主とあなたたちの間に立って主の言葉を告げた。あなたたちが火を恐れて山に登らなかったからである」(申命5:1-5)。

 この出だしに続いて、6節以下で今に至るまで連綿と語り継がれてきた十戒をモーセは宣べ伝えるのです。十戒の1つが安息日を守ることでした。

2.

 ホレブの山で主なる神は先ず我々の先祖と、そして今生きている我々全部の者たちと「契約」を結ばれたとモーセは語ります。十戒を契約と表現しているのです。命令とは言っていません。私たちは日常生活の中で、あるいはもろもろの政治や外交、また経済活動や社会活動の中で、契約を結びます。結婚も愛し合う2人の間で取り交わす、人の一生を左右する重大な契約です。国と国との間では平和条約とか通商条約とかいろいろな条約を取り交わします。企業と企業の間でもそうです。それらは、建前としては、対等な者同士の間で交わす重い約束です。そうでない場合は例えば国と国の間では不平等条約と呼ばれて何とかして対等、平等な関係の条約に改定しようと必死になります。大企業と中小企業の間であっても中小企業が不利益を蒙ることのないようにしなければなりません。

 そういう私たちの経験から、契約というと対等な者同士が結ぶものだという観念が頭にこびりついています。両者は対等でなければならないと。しかし、神と神の民との間の契約は果たしてそうでしょうか。十戒の場合が典型的にそうですが、人間の側が求めて契約に至ったのではありませんでした。神の側が、ある意味一方的にお与えになったものでした。人間の側はただ受け身一方のように見えます。それでも対等と言えるでしょうか。

 しかし、実は人間にも主体性も積極性も自由も出る幕はあるのです。人間は自ら進んで「はい、あなたの御心を受け入れます。喜んで実行します」と誓うことができます。いえ、それだけではなく、「いいえ、わたし(たち)は、あなたの御心を受け入れません」と拒否することもできるのです。そういう意味では、神と神の民との間の契約は対等とも言えるでしょう。神は契約を守ることを望み、求めておられますが、だからと言って、力尽くでご自分の意思を守るように人間に強制なさることはないのです。そういう自由を人間に与えたばっかりに人間が罪を犯してしまうのだ、罪など犯さないように人間を造っておけばよかったのに、人間が罪を犯すのは神の創造の失敗だ、と人間の罪を神のせいにする人もいます。この理屈は明らかに誤りですが、それについての議論は日を改めていたしましょう。

 それはさておき、では契約だと言うのならば、いったいぜんたいどうしたら人間は神の御心である律法を守ることができるでしょうか。ノーと言って拒絶せずに、受け入れる。今日の日課に関して言えば、どうやったら安息日を守ることができるのでしょうか。

3.

 私は律法を守るためには、2つのことがとても大事だと思っています。それらがあれば私たちは喜んで律法を守るでしょうし、それらが欠けていれば律法を守ることは難しくなるでしょう。それらの2つとは、「律法の正しい理解」が1つです。内容を間違って捉えていれば、それをいそいそと守る気にはなれないでしょう。もう1つは「律法を与えられるお方がどなたであるか」ということをよく知って、その方を心底好きで、心の底から愛しており、尊び敬い、信頼しているかどうかです。一言で言えば、「その相手を真実愛しているか」どうかです。好きでもなく、尊敬もしていない相手からこれを守れと言われても、そうは簡単に心は動きません。相手への恐れだけではそうすることは起こりえません。

 一つずつ見ていきましょう。まず、第一の「律法の正しい理解」です。律法と言い、掟や法と言われると、どうしても堅苦しく重たく感じます。上からの命令、強制の響きがあります。実際十戒を読んでみると、○○スベシ、○○スベカラズという実行命令や禁止命令ばかりだという印象です。そうすると、はい、私は喜んで受け入れます、従いますという気持ちが萎えてきます。

 旧約の日課は「安息日を守って、これを聖別せよ」(5:12)という十戒の1つを取り上げており、「六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない」(5:14)と続いています。でも、実際はもっと書いてあるのです。何のためなのか、その目的が語られているのです。「あなたはかつてエジプトの地で奴隷であったが、あなたの神、主が力ある御手と御腕を伸ばしてあなたを導き出されたことを思い出さねばならない。そのために、あなたの神、主は安息日を守るよう命じられたのである」(5:15)。この日は、主がしてくださった解放の業、救いの業を思い出すための安息日なのです。

 出エジプト、これは、自分たちイスラエルの民の歴史的原点です。あの出エジプトという解放の御業を神が起こしてくださらなかったならば、今日の私たちはないのです。たとえ貧しかろうと小さかろうとしっかりと自由と尊厳をもった私たちは今いないのです。依然として奴隷状態のままだったでしょう。ですから、私たちのアイデンティティを、自分たちは何者かということを確かめるために、自分のいのちと存在とがどうして今ここにあるのか、何のためにあるのか、自分はどう生きるのかという根本的なこと、つまり人生の土台を再確認するために、この日が与えられたのです。それほど大事なことですからほんとうは毎日そうしたほうがいいでしょうが、日々の暮しがあります。それを成り立たせるためになすべき仕事が山ほどあります。頭はいっぱいなのです。だから、せめて週に一度だけでいいから、そのための想起の日、原点回帰の日、次の一週間への出発点となる日を神が与えてくださったのです。ですから、まさに恵みの日なのです。喜びの日なのです。

 私たちは年に一度、誕生日を祝います。そうするのは自分がこの世に生を享けたことを改めて確認し、過ぐる一年間を無事に送れたことを感謝し、新しい一年間のお守り、お導きを祈り願うためです。誰に感謝するのか、誰に願い祈るのか。それは普段はついつい忘れがちな創造主、いのちの主に対してです。そのお方に感謝し、祈り願うのです。結婚記念日もまたそうです。親の命日もそうでしょう。そのような節目の日は、恵みを与えられたという事実を想起する日、原点回帰の日、アイデンティティの確認の日なのです。しかも、それを神との関わりで思い起こすのです。もしそれをしなければ、もしもその手掛かりとなるその日がなければ、私たちは忙しさにかまけていつのまにか精神的な根無し草になってしまうことでしょう。安息日の意味とはこれなのです。

 原語で安息日とは休み、安らぎ、平穏の日という意味ですが、神が六日間の創造の業を終えて休まれたその日に、私たちにもまた安らぎの日を与えて存在の原点を思い起こす機会を備えてくださったのです。ですから礼拝へと招かれているのです。

 もう一つ、安息日を守るように命じられたときに、主はこうもおっしゃっています。「七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、牛、ろばなどすべての家畜も、あなたの町の中に寄留する人々も同様である。そうすれば、あなたの男女の奴隷もあなたと同じように休むことができる」(5:14)。安息日の定めがなかったなら、来る日も来る日も誰もが休みなく働きづめになってします。明治になるまで日本でも週に一度の、社会全体の休みの日という制度はありませんでした。武士に非番の日はときどきあったでしょう。町人には藪入りといってお盆と正月に奉公人が自宅に帰る日はあったでしょう。しかし、毎週の休日はありませんでした。奴隷も含めて、寄留の他国人も含めて、社会の構成員みんなが休める日が定められていたということはすべての人の健康や福祉にとってどれほどすばらしい制度だったことでしょう。そこにも安息日を守るようにと定められたお方の愛と慈しみに富んだ御心をうかがい知ることができます。

 こうしてみると、安息日を守るという戒めを与えられたお方の意図、御心と、その戒めの内容がはっきり分かり、納得ができるではありませんか。

4.

 そうであるならば、この神への愛さえあれば、躊躇うことなく戒めを守ろうという思いになるでしょう。しかし、福音書の日課で紹介された2つの事例を見れば、私たちの実態はそうではないことが分かります。ある安息日に弟子たちが麦の穂を摘み始めたとき、ファリサイ派の人々がイエスさまを非難しました。麦の穂を摘むという労働の一種をしたからです。別の安息日には会堂で片手の萎えた人をイエスさまが癒すかどうかを人々が注目していました。癒しの業を行ったらただちに非難するためでした。これもまた禁じられていました。安息日が定められた意図、安息日の意味が正しく理解されていなかっただけではなく、安息日を定められたお方への愛がなかったことが伺えます。

 どういうことかと言えば、最初の麦の穂を摘んだ事例では、ダビデの故事を引きながらイエスさまがピシャリとおっしゃった「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない」(マコ2:27)という言葉が核心を衝いています。彼らは「人は安息日のためにある」と、イエスさまの考えとは真逆に思っていたことが暴露されました。なぜそういうふうに理解していたのでしょうか。そうすることが神を敬い、愛することだと思い込んでいたのでしょうか。彼ら自身はそう思い込んでいたかもしれませんが、私はそうではないと思います。文字通りに、額面通りに戒めを守りさえすれば、律法に忠実だと神に評価してもらえる、神に喜んでもらえる、自分は救いに近づけると考えていたからこそ、神の気持ちもなにも考えずに、額面通りに律法厳守との判断をし、行動をとったのです。自分がよく見られるために、律法遵守に拘っていたのです。簡単に言えば、神を愛したのではなくて、自分を愛したのでした。

 二つ目の片手の萎えた人の癒しの事例でも、安息日が定められた神の意図も、神は何を喜ばれるかということも考えずに、安息日にすべての業は禁止されている、だから癒しという業も当然してはいけないとその場にいた人々は機械的に考えていたのです。安息日の戒めを四角四面に、字面を守ることだけが心を占めていたのです。それは神を愛するが故でもなく、ましてや癒しを求めている隣人を愛するが故でもなく、要は自分を愛するが故の判断であり、行動だったのです。

 でも、彼らはほんとうに安息日に自分の子どもが死にそうな状態になったら、今日は安息日だからと言って、命を救うこと、癒しの業をすることをしないでしょうか。それほど冷酷無比でガチガチ頭で雁字搦めに律法に縛り付けられていたでしょうか。おそらくイザとなれば必死で助けるでしょう。しかし、私は場合によっては律法を破ることもいたしますと大勢の人々が見ている前で言う勇気が無かったのでしょう。それだから、日頃から律法を守ることが何より大事だ、破るイエスはケシカランと言ってきた自分の面子は丸潰れになることを恐れ、イエスさまから安息日に善を行うことと悪を行うこと、命を救うことと殺すことのどちらが大事かと鋭く問われたときに「彼らは黙っていた」(マコ3:4)のでした。自分の身を守るためには黙っているしかなかったのです。神を愛すること、真理を愛すること、人を愛することを何より重んじることを第一にできず、自分の面目を第一にしたのです。

 だから、イエスさまは「怒って人々を見回」されました。神への愛より、隣人への愛よりも自分を愛する人々、自己保身に走る人々に怒りを覚えられました。でも、だからといって彼らを怒り退けるのではなく、「彼らのかたくなな心を悲しま」(3:5)れたのです。情けない彼らを見棄てず、悲しまれました。彼らを憐れんでおられたのです。それが主イエスの愛の表現でした。

 もちろん、片手の萎えた人へのイエスさまの愛がその人を癒し、その手を再び伸ばすことができるようになさったのです。忘れてならないのは、その人への愛と同じ愛がイエスさまを取り囲み、自己愛に囚われていた人々へも向けられ、彼らのかたくなな心をもきっと癒してくださるでしょう。彼らが自分に向けられたイエスさまの愛を受け入れるのにはもう少し時間がかかるかもしれません。しかし、間違いなく彼らへも主イエスの愛は向けられています。安息日の本当の意味も安息日を定められた神さまの真意もきっと分からせてくださいます。主のみ言葉と十字架にまで至る行いによって語り続けられます。

 その安息日は私たち一人ひとりにも与えられています。モーセは言いました。「主はこの契約を我々の先祖と結ばれたのではなく、今ここに生きている我々すべてと結ばれた」(申命5:3)と。安息日のほんとうの意味と、安息日をお与えになった神さまの御心とを今日受け止めましょう。イエスさまによって癒しを受け、健やかにされて、イエスさまがなさったように隣人に向かって「善を行う」ことと「命を救う」ことへと進み出ましょう。使徒パウロはそのことを違う表現で言っています。「わたしたちは、いつもイエスの死を体にまとっています。イエスの命がこの体に現れるために」(Ⅱコリ4:10)と。これが私たちのアイデンティティです。神さまとの関わりでの私たちの真の姿であり、招かれている生き方です。そのことを再確認するために、私たちにも安息日が与えられています、今日も、来週も、その次の週も。主に感謝。アーメン

人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。アーメン