2025年3月2日 主の変容主日 小田原教会 江藤直純牧師
出エジプト記 34:29〜35
コリントの信徒への手紙二 3:12〜4:2
ルカによる福音書 9:28〜36
私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。
1.
春と夏に甲子園を舞台に繰り広げられる全国高校野球大会には、日本中のファンが熱狂します。地方予選から甲子園での決勝戦まで熱戦を戦い抜いた優勝チームに惜しみない拍手が送られます。「雲は湧き光あふれる」で始まり「ああ栄冠は君に輝く」と歌われる古関裕而作曲の有名な「全国高校野球選手権大会の歌」は、選手は勿論ですがテレビの前で応援しているみんなの胸にも熱く響きます。栄冠、栄光、まさにその言葉にピッタリです。
栄光と言えば、先頃日本の野球の殿堂に続いてアメリカの大リーグの野球の殿堂入りに選出されたイチローさんのことも思い起こします。プレーヤーとして数々の記録を打ち立て、人々の記憶に残る偉大な活躍をした彼がBaseball Hall of Fame直訳すれば野球の名誉、名声、栄誉の殿堂で終生いえ歴史が続く限り表彰されるのは文字通り栄冠、栄光という言葉にふさわしいことです。
栄光、それは功なり名遂げた人、長い期間にわたって並外れた努力に努力を重ねて、偉大な業績を残した超一流の人物だけが受けるべきものなのです。広く長く人々に覚えられ、尊敬され続け、畏怖され続けるでしょう。私たちもそのような栄光の人に憧れます。
2.
人間の中で努力と修練、修行を積み重ねて遂に偉大な業績を上げるに至った人に帰せられる栄光とは別に、ある存在が生来持っている栄光、或いは本質的に備えている栄光というものもあります。そのような存在は人間と根本的に区別されて神と呼ばれることがあります。もっとも広い世界の中には善の神と悪の神という二種の神が存在すると信じる宗教もあるようです。私たちにはいささか想像しかねますが、悪の神には栄光という言葉は不適切でしょう。永遠、絶対、聖、愛、慈しみ、正義、平和、真、善、美等々の本性を持ち、世界を創造し、支配し、悪と罪から救済する神こそは栄光に輝く存在として、人々に拝み崇められるのです。まことの神こそが栄光の神なのです。
仏教では仏像に光輪が描かれていますし、仏や菩薩の背後からは後光が射しているのはよく見かけます。キリスト教の絵画でもキリストや聖母、天使たち、また聖人などに光輪が描かれていたり、背後から光が射していたりするのは珍しくありません。そうすることで栄光と聖なる本質を表現しようとしているのでしょう。染みも汚れもないことを表すのに純白の衣装をまとうのもよくあることです。
その崇高な教えと癒し等の愛の奇跡的な行為の故に多くの人々が群れをなして集まり、付き従っているのがナザレのイエスと呼ばれていた一人の人です。しかし、どんなに敬われ拝まれても、人間には違いありません。勿論人間の中でも最も優れた人間と思われていたことでしょう。ですから呼びかけるときは「先生」という言葉や「主」という言葉を使っています。
さて、ルカ福音書の第9章はイエスさまの伝道旅行のハイライトのような、公生涯の中のとても大切な出来事がぎっしりと詰まっています。イエスさまがまず十二人を福音宣教に派遣したこと、領主ヘロデがイエスさまに戸惑いを抱いたこと、イエスさまが男だけで五千人を五つのパンと魚二匹を元にして食事を与えられたこと、ペトロの信仰告白とイエスさまの死と復活の予告といった具合にどれ一つ取っても重大な出来事の後、イエスさまがペトロ、ヨハネ、ヤコブの三人を連れて山に登られたときの出来事が記されています。
この日のイエスさまの目的は何だったかと言えば、喧噪を離れ、福音宣教と癒しの業から身を退いて、静けさの中で神さまと向かい合って祈ることでした。一人での祈り無しにはどんな宗教的な人も魂が枯渇するのです。
イエスさまが意図したことでも計画したことでもありませんでしたが、ここで驚くべきことが起こりました。「祈っておられるうちに、イエスの顔の様子が変わり、服は真っ白に輝いた」(ルカ9:29)のです。顔も服も光り輝いていたので「栄光に輝くイエス」(9:32)とも書かれています。弟子たちが気づくと、イエスさまは「栄光に包まれている」(9:31)モーセとエリヤと共に語り合っているのでした。旧約聖書の中で最大の人物、イスラエルの民をエジプトでの奴隷状態から脱出させ約束の地へと導いたモーセと、歴史上最も有名な預言者の一人、エリヤを左右に従えて対話しているのですから、イエスさまの立場というものがモーセやエリヤの更に上だということが自ずと分かります。おそらく神さまから託されたこの世界の支配や歴史の完成の時について語り合っていたのではないでしょうか。
弟子たちは勿論イエスさまを偉い方と崇め、先生と呼び主と呼んで敬っていましたけれども、モーセやエリヤを従えるのは神以外にはありえないと悟ったことでしょう。三人が「雲の中に包まれていくので、弟子たちは恐れた」(9:34)のも当然です。人は聖なる者、聖なるお方の前に出ると、己の罪深さに恐れを感じないではいられないのです。
マタイ福音書にもマルコ福音書にも記されているこの「主の変容」の記事を読むたびに、私たちは短い公生涯の間にイエスさまが唯だ一度だけご自身の本性は神であること、地上ではただの人間であるように見えても天にあっては栄光の光り輝くお姿であることを三人の弟子たちだけに、ほとんど瞬間的に垣間見させられたのだと解釈します。「控えい、控えい。こちらにおわしますお方をどなたと心得るか」と助さん格さんが葵のご紋のついた印籠を取り出して、今の今まで越後の商人のご隠居さんだと思われていたのが実は「先の天下の副将軍、水戸光圀さまなるぞ!」と大声で言うと、そこにいた一同は黄門様の前に平伏する場面をもっと宗教的に崇高にしたものと言えるでしょうか。「主の変容」により「栄光の主」がその本質を明らかになさったのです。実際そうなのですが、今日はこの出来事に対して別な見方をしてみましょう。
3.
福音書を読む限り、イエスさまには宗教画に描かれているような光輪も後光も感じません。語られる教えこそは神の言葉でありますが、その生涯は少しも神の子らしくはありません。そもそもクリスマスの場面からしてそうです。王宮で生まれなかったどころか、ふつうの宿屋で暖かい部屋も柔らかいベッドもなく、馬小屋で生まれ、飼い葉桶に寝かされていたと記されています。神の国の福音を宣べ伝え始めてからは巡回の伝道者と言えば聞こえはいいですが、実態は「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない」(9:58)だったのです。
その最期はと言えば、畳の上で安らかに天寿を全うするどころか、その真逆で、他の死刑囚2人と共に、この上なく惨めで、苦痛に満ちた十字架上の死を味わわなければならなかったのです。数え切れない程の群衆が「追っかけ」てきて、王だ、救い主だと騒ぎ立て持ち上げ人気絶頂だったのに、裁判の時は「その男を殺せ。バラバを釈放しろ」(23:16)、「十字架につけろ、十字架につけろ」(23:21)と狂ったように叫んで、総督ピラトを追い込んで死刑の判決を出させたのです。朝から6時間余りの苦しみの果てに「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」(23:46)と言って地上の生を終えられたのです。
この生涯のいったいどこが「栄光」という眩いばかりの言葉に当たるでしょうか。およそ「栄光」などという言葉とは無縁、否、正反対ではありませんか。マタイ、マルコ、ルカの共観福音書を見ると、案に相違して「栄光」という言葉はほとんど出てこないのです。マタイとマルコの主の変容の記事を見ても「顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった」(マタ17:2)、「服は真っ白に輝き、この世のどんなさらし職人の腕も及ばぬほど白くなった」(マル8:3)という描写はあっても「栄光」という単語は用いられていません。ルカは2回「栄光」という言葉を使っているのは先ほど見たとおりですが、控え目です。
4.
今回面白いことに気づきました。主の変容の記事はヨハネ福音書には載ってないのですが、「栄光」という単語は第1章から21章までの間に、見落としがあるかもしれませんが、見つけただけで32回も現れます。これは他の三つの福音書の10倍くらいでしょう。ヨハネ福音書の特徴です。非常な驚きです。
しかし、単に数が多いだけではありません。その使い方が大変興味深いのです。「神の栄光」とか「あなたの栄光」という、当たり前というか自然な使い方も勿論あります。また一度だけですが、カナの婚宴で水をぶどう酒に変える奇跡の時に「イエスは、この最初のしるしをガリラヤのカナで行って、その栄光を現わされた」(ヨハ2:11)のようにイエスさまの特別な神的な力を発揮されたときに「栄光」と言う言葉を使うのも理解しやすいです。
けれども、次のような使い方はどうでしょうか。第1章で「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た」(ヨハ1:14)。言が肉となった、つまり神が人間となった、そして人間として人間のただ中で生きられたというのですから、謂わば栄光の座から降りた、離れた、もっと言えば、栄光を失った、放棄したというべき出来事が起こったときにヨハネ福音書は敢えて「わたしたちはその栄光を見た」と言っているのです。
第12章には有名な「一粒の麦」の話がありますが、そこで「栄光」という言葉が使われています。「イエスはこうお答えになった。『人の子が栄光を受ける時が来た。はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ』」(12:24)。イエスさまは今まさに地に落ちて死のうとなさっているのです。なのに、今この時のことを「人の子が栄光を受ける時が来た」とおっしゃったのです。一粒の麦が地に落ちて死ぬことが、つまりイエスさまが十字架の死を迎えることが栄光を受けることだと言われているのです。
さらに最後の晩餐の席でのことです。弟子の一人ユダがイエスさまを裏切り、部屋から出て行きます。その場面はこう記されています。「さて、ユダが出て行くと、イエスは言われた。『今や、人の子は栄光を受けた』」(13:31)と。裏切られ、その結果十字架が現実のことになろうとしたその時に「人の子は、(つまり、イエスさまご自身は、)栄光を受けた」というのです。しかも、そのことによって何が起こるかと言えば、「神も人の子によって栄光をお受けになった。神が人の子によって栄光をお受けになったのであれば、神もご自身によって人の子に栄光をお与えになる」(13:32)のです。惨め極まりない十字架の死によって父なる神さまも栄光をお受けになったと言うのです。
逮捕、裁判、処刑の前にイエスさまがなさった長い祈りが第17章に記されていますが、その冒頭にイエスさまは天を仰いでこう祈られたのでした。「父よ、時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現わすようになるために、子に栄光を与えてください」(17:1)。「父よ、今、御前でわたしに栄光を与えてください。世界が創られる前に、わたしがみもとで持っていたあの栄光を」(17:5)。
これ以上たくさんの聖句を引用することは止めます。もう十分に明らかでしょう。ヨハネ福音書にとって、栄光とはわたしたちが普段理解するような輝かしい誉、光栄、名誉、偉大さなどでもなく、聖なるお方、神にのみに帰せられている最高の栄誉とか尊さでもなく、もちろんそれに伴って内から発する輝かしい光などでもなく、およそ栄光などというものにはふさわしくないこと、いわゆる栄光からかけ離れていることが栄光なのです。
それは、神が神であることを棄て、天の高みから下って罪にまみれたこの世に降り立つこと、栄耀栄華の正反対である貧しさや惨めさ、小ささや弱さ、苦しみや痛みを背負った人と共にいることなのです。それだけでなく、その人々を癒し、生かすこと、罪の負い目に悩む人に赦しを与えること、愛と慈しみと喜びと平和で心を満たすこと、争いと不一致を和解と共存の社会へと創り変えることなのです。そのために世にある罪を一身に引き受けること、そのために我が身を惜しまず捧げること、つまり、十字架にかかること、それが神の子イエス・キリストがなさったことなのです。それこそが神が神であることなのです。ですからヨハネ福音書は全編を通じてそれを栄光と言うのです。人間の目にはどのように見えようとも、およそ栄光などには見えなかろうとも、それこそが真の栄光なのです。
山の上でペトロとヨハネとヤコブにごくごく短い時間に示されたキリストの栄光、その光り輝く顔を向け、真っ白な服に包まれたイエスさまの栄光の姿形、それはこの世界に下ってくる前の姿だったでしょう。また復活され御国に戻られてからの姿でしょう。しかし今や私たちは知っています。「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名を与えられました」(フィリピ2:6-9)ということを。
イエスさまと弟子たちは山から下りてきました。そしてゴルゴダへの道を歩いて行ったのでした。イエスさまがこのように生きて、十字架で死んで、復活させられたことこそがキリストのキリストたる所以でした。このいのちのありようこそがキリストの栄光でした。神の子イエス・キリストの栄光はここにあったのです。このような栄光こそが神の栄光であり、神の栄光が子に与えられたのです。神が十字架にかかるまでに私たちへの愛を、そうです、この私への愛を全うなさったのです。繰り返しますが、愛と十字架、それが神の子キリストの栄光であり、神ご自身の栄光なのです。
しかも、イエスさまは最後の祈りの中でこう祈ってくださいました。「あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです」(ヨハ17:22)。私たちもまた愛と十字架というキリストの栄光を、神の栄光をともに生きるようになるという栄光を与えていただいているのです。アーメン
人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るように。アーメン